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生徒による教諭への暴力、授業の妨害などによって
学校側が生徒へ本来できるはずの教育ができない学校を
「教育困難校」と呼ぶ。10月上旬、男子生徒が教諭へ暴力を働いたことで
逮捕されたニュースは世間へ話題を呼んだ。しかし、教育困難
となっているのは何も中学、高校だけでなく大学もなのである・・・

 

 

 

 

 
こんにちはRyoです。

今日、東洋経済オンラインにこのようなニュースがありました

『「教育困難大学」で大暴れする不良学生の実態 学ぶ意欲もスキルもないのに入学できる実態』
http://toyokeizai.net/articles/-/195668?utm_source=Twitter&utm_medium=social&utm_campaign=auto

今年10月、高校生が授業中に若い男性教諭へ暴力をふるい
逮捕された事件は記憶に新しいことと思います。

あのニュースは世間的にはかなりセンセーショナルだったようでしたが、
僕は一時期教育現場に身を置いていた経験があるのでわかるのですが
上記ニュースにも書いてある通り、現在の教育現場においてはなにも
驚くことではありません。日常茶飯事とまでは言いませんがこのような現状は
実際に現代の教育現場が直面している現実なんですね。

そして、このような「教育困難校」を卒業した学生が大学へ。
その大学が「教育困難大学」となってしまうのは火を見るより明らかです。

本来、大学のあるべき姿は「研究機関」です。
「教育機関」という側面は二の次なのですね。

学びたいこと、修めたいことがあるからこそ大学へ行き
高等教育を受けるというのが大学の本来の姿であると思っています。

しかし、時代の流れとともに、大学の在り方も変わってきました。

少子高齢化が進み、大学も学生確保のために門戸を広げざるを得なくなり
そこには「何かを学びたいとは思っていないけどとりあえず大学は出ておく」
という志の学生が集まってきます。

そんな彼らは教諭(便宜上このように表現します)に対し、教えを乞う
対象としてではなく、単なる力関係としてみています。

そのような流れの中で、「教育困難大学」が生まれてしまうのですね。

実際問題、現状の大学が「いい就職先に入るための機関」となってしまっています。
高校進学率がほぼ100%となり、事実上高校も義務教育化しており
大学に行くことで高卒者よりもいい就職先の可能性が広がるのは事実です。

しかし、本来大学は研究を行う場所。学生の顔色をうかがっていては
本来の姿を取りも出せないのではないかと思ってしまいます・・・。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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